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議会一般質問

令和5年6月 定例会6月21日

1「商都松本」について

  1. 松本パルコ撤退に絡んだ中心市街地の在り方
  2. 文化財を活かした商都松本の再構築

2 国民スポーツ大会、全国障害者スポーツ大会につい

  1. 両大会とまちづくりについて
  2. 誰もがスポーツできる環境の整備

◎中山英子

会派まつも都の中山英子です。花村議員に続き、今回初めての質問をさせていただきます。よろしくお願いいたします。

私は、1998年の長野オリンピック・パラリンピックを新聞記者として取材し、競技選手、東京2020大会の準備と、様々な立場でスポーツに深く関わってまいりました。中心市街地の高砂通り、飯田町に生まれ育ち、昨年の春、5年ぶりに実家に転居して暮らしていますが、選手として欧米諸国を巡り歩く中でも、美しい山々、清冽な空気、城下町の雰囲気、芸術・文化など松本は特別な魅力が詰まった地方都市だと体感してきました。

秋口に出馬を決め、2月、自宅から歩いて2分の松本パルコが2年後に閉店になるというニュースが舞い込みました。その後には、伊勢町商店街連盟の解散と続き、カウントダウンが始まる状況の中、選挙戦を通じ、応援してくださった町の方々の目の色が変わっているように感じました。町を何とかしないとという切迫感だと思いました。長い間市街地の市会議員が不在でしたので、1日でも早く力をつけなければとせき立てられる思いです。

また、スポーツ選手として海外の選手と切磋琢磨をする中では、目標を達成する過程において仲間にもライバルにも敬意を払うことや、丁寧なコミュニケーションを通じてチームで一丸になることの大切さを学びました。行政も議会も松本をよくするという同じ目標の下にあるチームの一員だと認識しています。あらゆる立場の方々と対話を重ね、信頼関係の中で松本を前に進めていけるよう努力してまいりたいと思います。

それでは、質問に入ります。一問一答でお願いいたします。

まず、商都松本をテーマに、松本パルコ閉店に絡んだ中心市街地の在り方について、臥雲市長にお伺いします。

40年にわたって松本のランドマーク、シンボルともなっていた存在の喪失と伊勢町商店街連盟解散という、これまで市街地を支えてきた仕組みの変容で、中心市街地のまちづくりは転換点を迎えています。

臥雲市政では、これまでアルプスリゾート、美ケ原、三の丸エリアビジョンを作成されてきた中、中心市街地を重点課題に定め、松本駅前から本町付近までの駅前大通りから南側についての住宅の集積化や、市街地活性戦略として駅前、伊勢町、本町エリアのグランドデザインを描き直しされると、先月会見を通じて述べられました。

その中で、市長は私が住む第2地区の飯田町、小池町、宮村町辺りのいわゆる旧市街地、古くから商都松本を支えてきたエリアについての言及はされていませんでした。本町、伊勢町のグランドデザインの具体的なイメージに加え、まだ言及されていない旧市街地エリアについて、市長のビジョンをお聞かせください。


◎市長(臥雲義尚)

松本パルコの閉店に絡んでということでご質問いただいておりますので、まず、先ほども花村議員にもお答えした部分ございますけれども、伊勢町、本町を中心とするエリアについて申し上げます。

このエリアは、昭和60年代から中央西土地区画整理事業などを活用しまして、道路も店舗もスケールの大きな再開発が進められました。ところが、平成のデフレの進行に伴って空き店舗が増え、商業地としての在り方を見直す必要に迫られてきました。松本パルコの閉店もこの文脈で捉えることができます。

旧来の商店街から新たなサービスを提供できるまちへ転換を図るとともに、文化観光拠点と併せて、回遊性と滞留性を兼ね備えた空間づくりを進めることが求められます。そのために、先ほども申し上げましたが、必要とあれば、松本市がポストパルコの計画に積極的かつ主体的に参画すべきと考えております。

そして、もう一つ議員がご指摘の中町通りから駅前大通りまでの飯田町、小池町、宮村町、この旧商店街のエリアでございますが、こちらは街なみ修景事業や街なみ整備事業によりまして、これまでに通り全体の美装化やせせらぎ水路の整備を行い、城下町の町割りを残す情緒あるまちとして整備が進められてきました。

最近は新たに移り住んできた人たちによる出店も徐々に増え、縄手や中町から歩いてくる人の姿も目立っています。伊勢町、本町を中心とするエリアに比べますと、今の時代に即した、歩いて楽しんでいただける土台は築かれているのではないかと認識をしております。引き続き、地元と行政が連携をして、歩行者優先の個性的で歩いてみたくなる仕掛けづくりを進めてまいります。

いずれのエリアも新たな商都松本の創造にとって大切なことは、住む人、訪れる人双方にとって快適であるということだと思います。改めて松本のへそという部分に位置する商都松本の象徴的なエリアを再活性すべく全庁挙げて取り組んでまいります。

◎中山英子

詳しくご答弁いただきありがとうございます。ぜひとも活発な意見交換をする中で進めていただければと思っています。

続いての質問をします。イオンモール松本の出店以降、人の流れが変化したことによる中心市街地の空洞化に追い打ちをかけるようなこのニュースに、私どものこのエリアを拠点とする商店主や住民から、どこも入らず穴が空いたらどうなるんだろう、これ以上人の流れがなくなったら困るなど、不安の声が多く聞かれています。また、この場所にそぐわないものに来てもらいたくないなどといった声も多く聞き、松本のまちの品格を損ねたくないといった思いを感じます。

先ほど花村議員へのご答弁で、産業振興部長から、ポストパルコの課題には市民の声を広く聞いていくとお答えいただきました。地域にはそれぞれの歴史がありますが、特に商都松本を支えてきたエリアに住む人たちの思いや声を聞いてもらったり、事の経過を伝えていただくことは、共にまちをつくっていく上でとても重要です。

そこで、今後、第一地区、第二地区を中心とした旧市街地のエリアについて、懇談など考えを聞く場を設ける意向はありますでしょうか。


◎産業振興部長(高野敬吾) 

ポストパルコの問題、伊勢町、本町のにぎわいをどのように取り戻していくのかは、地元住民をはじめ商店主の皆様も非常に関心が高いものと感じております。

一方、飯田町、小池町、宮村町などのエリアにおいては、先ほどの市長答弁にもありましたが、情緒ある町並み整備が進むことで、カフェや個店などの出店が進み、人通りも増えつつあります。

これをどう広げていくか、回遊性が高く、歩いて楽しむまちとして進化させていくために、個店が増え、広がっていくために何が必要か。また、ポストパルコや伊勢町、本町の課題につきまして、議員ご指摘の第一地区、第二地区を中心としたエリアですとか、加えて、質問にございました不安の声が聞かれているという地元町会、商店組合の皆さんなどと緊密に意見交換の場を設けるように努めてまいりたいと考えております。

以上でございます。


◎中山英子

前向きなお話をいただきました。早期に具体的なお話をお待ちしております。

本音で討論し、まちに魂を吹き込んでいくような機会となるよう、私も積極的に協力をしたいと思います。

それでは、次の質問に移ります。

文化財を活用した商都松本の再構築をテーマで質問します。

私の暮らす飯田町をはじめ、女鳥羽川以南の旧松本城の下町には数多くの文化財があります。その一つ、深志神社を氏子とする地域には、松本市重要有形民俗文化財に指定されている16台の舞台があり、課題とされている中心市街地のエリアの活性化を考えていく上でも舞台はとてもダイナミックなもので、商都松本の象徴として新しいまちづくりをしていく上でも活用価値が高いのではと、可能性を感じています。

昨日、阿部議員もお話されていた松本市歴史文化基本構想の中でも、商都松本の欄に深志神社の舞台は記載されています。また、先月には、深志神社から大正末期頃の地元の商店主らが奉納した趣ある100点近くの百人一首や十二支の額が出てきたとの報道もございました。

舞台や文化財をまちづくりに積極的に活用する施策につき、改めて市の今後のお考えをお聞きしたいと思います。


◎教育次長(逸見和行)

松本市では、舞台をはじめ市域に点在する指定、未指定の文化財を地域の皆さんと協働しながら保存し、地域づくりや観光資源として活用していくため、平成30年に松本市歴史文化基本構想を策定しました。

この構想を策定するに当たり、地域の皆さんが大切にしたいと思う文化財を自らの手で掘り起こししていただいた結果、その数は市内35地区で1万件を超えました。その中から城下町の商人の振興など一定のテーマの下で関連する文化財を抽出して、地域の文化遺産に位置づけ、未指定文化財も含めて、保存を図りながら生かしていけるよう構想と併せてまつもと文化遺産認定制度を創設いたしました。

松本市は、この制度の下で地域の皆さんが主体的に文化遺産の保存活用に取り組めるよう、補助金による支援を行っているほか、各界の有識者で構成するまつもと文化遺産保存活用協議会を組織して、活動に対する評価や助言等の支援を行ってまいります。

議員ご紹介の深志神社の舞台は、商都松本の繁栄を象徴する文化財の一つであり、平成13年に松本城下町の舞台として六九町会、東町2丁目町会の舞台と合わせた18基が松本市重要有形民俗文化財に指定されました。その後、松本深志舞台保存会のご尽力によりまして、舞台の保存修理が完了し、松本市としても補助金による支援を行ってきたところでございます。

松本城下町の舞台は、深志神社の例大祭に加え、広く市民に周知する機会として、保存会主催による大名町通りを会場とした展示活動が行われており、説明板等により文化財としての価値も伝えていただいているところでございます。

以上です。

◎中山英子

昨年第二地区で認定されたまつもと文化遺産認定制度についても、町民の信仰と祈り、暮らしの中のお祭りについては、現在神社や仏閣などは見て歩けるものの、舞台については多くが深志神社に保管されており、年間2回のお祭りのほかはなかなか目にしにくい状況にあることも実情であります。10月には基幹博物館がオープンしますが、残念ながら舞台の大きさから館内への展示はできない状況とお聞きしています。

また、昨年の6月定例会で、吉村議員からのご質問もございましたが、多くの舞台が格納されている深志神社の舞台保管庫は老朽化し、耐震性調査からも建て替えは必須となり、松本深志舞台保存会や町会でも大きな課題となっています。

そんな中、現状の舞台倉庫の形での保管にこだわらず、各地域を保管しながら日常的に舞台を見ることができる展示場兼舞台庫となるような場所を点在させるアイデアはどうかと思いました。点在させることで観光面での回遊ルートが生まれ、新しいまちと歴史ある文化財とのコレボレーションも期待できるのではと考えをめぐらせます。

そこで、地元町会と市がさらに連携していくことが、まつもと文化遺産認定制度を活用したまちづくりに有効かと思いますが、市として、こちらへの対応やサポートについてどのようにお考えになっていますでしょうか、お聞かせいただけますと幸いです。


◎教育次長(逸見和行)

議員からご紹介いただきましたとおり、令和4年度に認定したまつもと文化遺産に「城下町から商都へ 町民の信仰と祈り 暮らしの中のお祭り」をテーマとする文化財群があり、第二地区歴史文化継承委員会が保存活用の取組を開始しております。

また、まつもと文化遺産以外にも、旧城下町には商都の面影を残す建物やたたずまいが残されており、新しいものと古いものが混在して1つの魅力を醸し出しています。この特色をまちの個性として生かしていくことも、商都松本の再構築につながっていくものと考えられます。

そこで、ご提案の舞台の活用についてですが、より多くの市民の目に触れる場や子供たちが接する機会の創出などどのようなことが可能か、地元の皆さんと共に考えていきたいと思います。

また、10月には大名町通りに松本市立博物館が開館いたします。開館から12月にかけて、土日を中心に実施するオープニングイベントに際しまして、館内は難しいかと思いますが、博物館前のポケットパークを舞台の展示スペースとして提供することを計画しております。

その上で、舞台をまちづくりにつなげていくためにも、まずは文化財として適切に保存するための環境を整えていくことが重要と考えます。松本市としましては、引き続き耐震化も含めた保管庫の整備に対する支援に取り組んでまいります。

以上です。


◎中山英子

博物館のオープニングイベントでの舞台の展示を考えてくださっていることをとてもうれしく思います。

繰り返しますが、舞台を持つ第一地区、第二地区エリアは、ご存じのとおり人口減少と高齢化が加速しており、私の町会も子供はゼロで、舞台の担い手不足が深刻であります。様々な課題がある中心市街地ですが、既存の宝である舞台の活用は新しい市街地の活性にもつながると確信します。

高山祭屋台会館を持つ岐阜県高山市は、インバウンドで松本の前後の旅行先としてもトップであり、さらに本市とは観光面での連携を進めてもいます。舞台をキーワードとした新たな観光ルートの可能性も秘めているのではと思います。こちらについては、またの機会で触れさせていただきたく、商都松本に関する質問はこちらで終了いたします。

続いて、5年後の2028年に行われる国民スポーツ大会並びに全国障害者スポーツ大会をテーマに質問いたします。

まず、臥雲市長にお聞きします。

市長は、スポーツへの関心が高く、スポーツに注力されてこられる中、今年度は組織改編の中でスポーツ本部を置かれました。スポーツ本部では、5年後の国民スポーツ大会、全国障害者スポーツ大会の準備やパラスポーツの普及など時代に合った対応をされていくとのことで、大変期待を寄せています。

そこで、47年に1度の両大会は、まちづくりのチャンスと捉え、大会を一過性のものにしないことが肝要と考えます。本市はSDGs未来都市の指定を受けていることからも、誰も取り残さないといったSDGsの観点も踏まえ、両大会に向けた市長の決意とスポーツを通じたまちづくりの取組についてお聞かせください。


◎市長(臥雲義尚)

まず、今年度からスポーツ本部を設置いたしました。そして、その下に2つの課、スポーツ事業推進課とスポーツ施設整備課という配置をしたわけでございますが、国スポ準備室という名称を使う案もございましたけれども、あえてそうしなかった理由の一つに、今、中山議員が大会を一過性のものにしないという、そうした意識を私自身も、また職員の間でも共有をして取り組んでいこうということがございます。

そして、この令和の時代に国民スポーツ大会、全国障害者スポーツ大会を開催することの意義でございますが、私はスポーツの普及、振興はもとより、全ての人が暮らしやすい共生社会、いわゆるユニバーサル社会の実現につなげることにあると考えております。

スポーツの視点からは、健常者と障害のある人が同じ目線に立ち、対等な立場で日常的にスポーツを楽しめる環境を整えることが求められます。そのために、松本市内のスポーツ施設のユニバーサルデザイン化を進めるとともに、健常者と障害のある人が一緒に楽しみ、競い合えるパラスポーツを年代を超えて普及させることに力を入れていきたいと考えています。

その上で、スポーツの分野にとどまらず、健常者と障害のある人の垣根がないユニバーサルデザインのまちづくりを進めていけるかどうかが重要だと考えます。障害のある人が生活しにくいと感じる部分に光を当て、市民の理解の下に、まち全体をユニバーサルデザインにつくり替える動きにつなげていきたいと考えています。


◎中山英子

2つの大会に向けて、昨日の中島議員へのご答弁に続き、市長より大変前向きで積極的なお答えをいただきました。スポーツを通じた共生社会づくりを今大会を機に目指すとのお考えがあるということで、大変心強く思いました。

続いて、障害者スポーツ、パラスポーツへの環境面の整備について伺います。

松本市のスポーツ施設のバリアフリー化についての整備状況と、障害者がより積極的にスポーツを行えるような施設整備の拡充を図る計画について、お聞かせください。


◎スポーツ本部長(大島良司)

初めに、これまで整備した屋内スポーツ施設の主なバリアフリー化について申し上げますと、総合体育館をはじめ地区体育館25施設のうち、多目的トイレ19施設、施設出入口のスロープ21施設など計画的に整備してまいりました。未整備の体育館につきましては、松本市個別施設計画の改修方針に基づき、計画的な大規模改修のサイクルで順次整備を進めていく予定でございます。

また、屋内スポーツ施設だけではなく、グラウンドやテニスコートなど屋外施設も含め、全てのスポーツ施設において、広く利用者の声に耳を傾けながら、誰もが安心・安全かつ快適にお使いいただけるユニバーサルデザインの視点で施設整備を行っていきたいと考えております。

以上でございます。


◎中山英子

施設の在り方も時代で変化していくかと思います。整備の際には、様々な情報に基づいた時代に即した改修と、また、ぜひ障害を持つ方にも一緒に視察していただき、当事者の声を聞き取りながら行っていただきたいと思います。

それでは、最後の質問となります。

障害者スポーツ支援という点について、2月の定例会で上條美智子議員が詳細にご質問されておりました。身体等の障害を持つお子さんの保護者の方から、体育館の予約や移動支援についての切実な要望を私も具体的に幾つかお聞きしております。それを聞くにつれ、誰もがスポーツできる環境を現実的にしていくには、パラスポーツをワンストップで支援していく部署が必須だと感じました。

全国障害者スポーツ大会への参加選手の育成という意味においても、障害を持つ人や子供が気軽にいつでもスポーツに取り組める環境づくりのために、庁内にパラスポーツ、障害者スポーツに注力できる専門部署の設置について、市のご見解をお聞かせください。


◎スポーツ本部長(大島良司)

松本市では、令和2年に東京2020パラリンピック競技大会に出場したフランスパラサイクリングチームの事前合宿を受け入れたことを機に、パラスポーツの普及に昨年度までスポーツ推進課が中心となって取り組んでまいりました。

東京2020パラリンピック競技大会以降、パラスポーツの位置づけも大きくなってきたことから、今年度からパラスポーツを含めたスポーツという位置づけを質量ともに上げてスポーツ本部を設置しております。パラスポーツにつきましては、担当部署の一元化までには至っておりませんが、スポーツ本部がリーダーシップを取って進めていくこととしております。

以上でございます。


◎中山英子

おっしゃるように、障害者のスポーツ環境を整えていくには、スポーツだけでなく移動支援のほか専用のサポートも含み、様々な部署との横連携が必要になってくるかと思います。

そんな点からも、障害を持つ人や子供たちが健常者と同じレベルで日常的にスポーツに取り組める仕組みづくりを、5年後の国民スポーツ大会、全国障害者スポーツ大会の本市のレガシーとなるように取り組んでいただきたいと切に願います。

最後に、私は東京2020大会に従事する中で、パラスポーツは多様な社会の実現に向けた大きな触媒となることを身をもって知ったゆえ、強くお伝えさせていただいております。引き籠もっていた障害を持つ人がスポーツに誘い出されたことがきっかけとなり、積極的に社会に出られるようになり、パラリンピックを目指し人生が変わったというケースを数多く聞きました。

健常者である私たちも、近くで障害がある人が前向きに壁を越えようとする姿を見せていただくことは、大変エネルギーをいただきます。ちなみに、パラリンピックのパラという言葉は、ギリシャ語の接頭語で隣に、そばにという意味があるようです。

身体活動は誰にでも与えられている権利ですが、障害者にとっては、いまだ環境に阻まれて断念をせざるを得ないケースは日本国内では本当に多い状況にあります。私がこれまでに視察した先進国、イギリスやアイルランド、カナダなんですけれども、自然にパラスポーツに取り組める環境となっていました。普通過ぎて、それが障害者なのか分からないくらい障害者の方がスポーツをする姿が隣にありました。まちもユニバーサルデザインが進んでいました。

松本市がワールドスタンダードな誰も取り残されないまちとなるには、パラスポーツの普及は1つの指標になってくると思っています。市長もおっしゃっていたように、5年後の国民スポーツ大会、全国障害者スポーツ大会、これを契機にパラスポーツの環境を整え、住む人の暮らし、まち、観光地、宿泊施設がインクルーシブであると言い切れるまちを目指すといった目標を本市で掲げていただきたいとお伝えし、私の質問を終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。